とある若手俳優おたの日記

なにかいいことありますように

オキニなんて存在しない

お久しぶりです。浮上しなかった間、元気にオタクやってました。

元気?元気かな??

まぁ、いいや

最近強く感じた、タイトルのことを語りたくなって、戻ってきました。

 

『オキニなんて存在しない』

 

そんなわけっ!と思う方もいるかもしれませんが、まぁ、私はそう思いました。

オタクは『オキニ』という架空の虚像をつくりあげて、虚像を目指して進んでいくんです。

時に立ち止まったり、振り返ってみたり、同担をぶちのめしながら。

オキニっていうのは、そう、なんというか、砂漠の中のオアシスの蜃気楼みたいな感じなんです。

キラキラしてて眩しくてエデンというかパラダイスというか。

でもそこには何にもないんですよ、現実には。あるのは大量の乾いた砂だけです。

 

 

どうしてそう思ったのかっていうのが、このブログに書き綴りたかったことなんですけど。

まず前提として、認知とオキラはいます。出禁もブラリも存在する。

TOはしらん。地下とかJとかヅカはいると思うけど、若手俳優にTOなんて必要ないから、別にどうでもいいかなって思ってます。

なりたい人、多いみたいですけどね、TO。何がいいんだか分かりません。義務感と見栄で自分の首を絞めて、嫉妬に駆られた同担に脚を引っ張りまくられるTOのどこが楽しいのか、私には分かんないです。

Mなの?ドMなの?

それとも承認欲求バリバリ強いの?

おっと、話がズレてしまいましたね。すみません。

 

で、本題のオキニですが。

いるかな?いると思います?

いて欲しいとは思います。

そして出来るなら自分がオキニになりたい。

もっと欲張るなら、一番のお気に入りになりたいです。なれるもんならな!

 

でも、冷静によく考えてほしいんです。推しにとって、太い客だから粗雑に扱うことができないガッツはいます。あとは口うるさい古参とか。すげーイイモノ貢いでくれるオタクとか。

でもさ、それってお気に入りなの?

気に入ってるのって、その人じゃなくて、その人の財力じゃない?

 

私もネットにオキニって書かれたことあるけど、別に自分のこと推しのオキニだと思いませんでした。

割と雑な扱いされるし。

話すときとか、テキトーすぎる。営業してくれる時がないわけじゃないけど、してくれない時もある。

それを心を許しているとポジティブに受け取ることはできるかもしれませんが、私はお客様でお金を払っているので、ちゃんと営業してほしいです。

向こうは仕事で、私達は彼らと相対する客です。

それだけの関係でしかない。

推しには本名も伝えてないので、私の名前なんて知らないです。聞かれたこともないし。

それくらいしか、あの人は私に興味関心がないです。名前すら気になんないって相当ヤバくない?爪の先ほども興味ないよね。そりゃ私の名前なんて知らなくても、彼の活動には支障がないですから、当たり前なんですけどね。

 

でも私信(笑)はいっぱいくれるし、お願いしたことは叶えてくれたります。

言ったこと覚えててくれるし、手紙に書いた話を振られたりもする。

カテコで目を見ながら「ありがとう」って言ってくれたり、ファンサがある時は見つけたら絶対にやってくれます。Jでいう固定ってやつもある。

.5で主演やるレベルの人なので、これって多分、普通に受け取るとオキニなんだと思う。

違ったら、なんかごめんなさい。この話は以上ですって感じです。

 

まぁ、こうやって、あの人がイロイロしてくれるのは、私がオキニというわけじゃなくて、よくてご機嫌とり、悪くてただの偶然。

偶然がこんなにいっぱいあってたまるか!って思わない気持ちもありますけど、そんなの推し本人しか分からないですからね。

なんかさぁ、もう、LINE LIVEとかみたいに上位三名を発表してよ。そのよく存在意義が分かんない金太郎飴みたいな、みんなお揃いのFCサイトでさ!

『今月のオキニ』みたいな感じでさ!

自分の名前載ったらスクショ撮って身内に自慢してまわるからさ!

 

推しとは意見が噛み合わなくて、延々と話し込んだこともあるし、他愛のない話をダラダラとしたことだってある。

私のこと見つけたら近寄ってきたりもする。

でも、彼と話していて感じるのは『別にこの人、私のこと何とも思ってないな』っていう哀しい印象なんです。

何とも思ってないなっていうのは、ちょっと言い過ぎかもしれないですけど、好意は感じないです。基本的に。

それは、表情だったり、声のトーンだったり、何気ない返事だったり、そういうの全部含めて総合的な判断です。

 

推しとの話を友達にすると、みんな私の推しを『優しい』って言います。

根本が優しい人なんです。たぶん。

でもそれは彼が持つ人間性の話であって、私に対してだから優しいわけじゃないんだと思ってます。

 

ネットにさ、色々書かれるじゃないですか。

アイツはオキニとか、コイツはオキラとか。

たぶんどっちも不正解です。

オキニなんて幻想だし、オキラはよっぽどのことがないとならないです。

清潔感があって、すっごい迷惑なことしてなきゃ、オキラなんてならないと思います。

お金さえ払ってれば、多少の迷惑行為といわれるものや害悪ってやつも目を瞑ってもらえます。

そういう世界なんです。だって、向こうは無償奉仕じゃなくて仕事なんですもん。

ビジネス。ビジネスです。

いい歳した大人なんだから、そう簡単に人をすごく嫌いになったりしません。

ファンな時点で、自分に敵意を向けたり攻撃したりしてくる存在ではないですからね。

だから逆にオキニもないんです。

ビジネスだから、大事なのはマネーです。

 

『好きでも嫌いでもない。

どうでもいいけど、お金は落とし続けてくれ。

できれば面倒くさいのは避けたいけど、ガッツは失いたくない。』

 

向こうがオタクに思ってることなんて、これくらいだと思うんですよね。

ファンというもの自体は、好きし必要だし大事だけど、1人のファンという個体には全く興味がない。

でも、本気出して追ってる身として、せめて人間として認識してほしいし、出来れば努力を慮ってランキング付けてほしい。

そしてそのヒエラルキーの上位に君臨したい。

 

でも実際には、そんなことされないので、オタクは同じ価値観を共有できるオタクの中で、格付けしあうんでしょうね。

 

だからオキニっていうのは、オタクの中でだけ通じる『気に入られてるっぽい有名なファン』であって、本人から気に入られてるファンではないなと思ったんです。

 

反論異論あるかとは思いますが、こんな風に思ってる人も世の中にいるんだなってことでお願いできれば幸いです。

行けないけど頑張って

と、いうクソリプについて。

ちょっと思うところがあったので、書き残しておこうと思います。

 

リプでも口頭でも手紙でも、手段はなんでもいいんだけど、言いたくなる気持ちはわかる。

 

  前の舞台で積みすぎたからお金ない

  本確あるのに当たらなかった

  仕事が休めない

  他の予定と被ってる

  体調悪い

  干されたから干しかえしたい

  そんな僻地に行きたくない 

  てゆーか行きたくない

色々理由はある。こっちも本気で追っかけしてるんだから「忘れてた」なんてことはない。私が現場にいない時、それは必ず理由があるのだ。

行きたくない時はまぁ置いておいて、行けない時、推しに言いたくなる。なんで行けないのか、を。理由つきて切々と語りたくなる。言い訳がましいのは分かっているけど、時々どうしようもない時があるんだ。

行きたかった気持ちと、行けない悔しさが交錯し、ついでに、私がいないことに気づきもしなかったと言われたくなくて、『行けないけど頑張ってください』と伝えたくなる。

伝えたくなるんだ。なるけど、ちょっと待って。

 

それがスーパー人気舞台とかで、sold out、時価ウン万円、みたいな状況だったら、推しもなんとも思うまい。

でも、それが埋まるか埋まらないか微妙なイベントだったら?ガラガラ空席祭り舞台だったら?

もし、そうだとしたら、私はクソリプをすることで、確実に推しの好感度を下げるだろう。その対価として得るものは、特にないのに。

それってバカらしくないですか?

だからグッと思いとどまって、黙ってる。黙ってるに限る。

ガラガラな現場は推しのメンタルを削る。その上に「行けません」なんてエルボーをくらわせて、不興をかわないわけがない。

行けない理由なんて、いかなかったことを指摘された時に言えばいいんだ。

推しだって、私のこと暇人だとは思ってるだろうけど、さすがに365日いつでも稼働できるなんて考えてるわけないはずだ。『今日は来れなかったんだなー』くらいに思ってくれるだろう。

「何で来なかったの?」と恨みがましく言われた時に、隠し持っていたもっともらしい理由を出せばいいんだと思う。

 

わざわざ自分から爆弾持って突っ込んでいく必要はない。

認知って必要なの?

若手俳優ヲタだけではないですが、三次元の追っかけに必ずつきまとう認知問題。

そのヲタクの顔を覚えているかどうかなんて、そんなん本人しか分からないし、ぶっちゃけ本人に凸ったところで「いえ、あなたのことは覚えていません」なんて言うわけがない。結果として、ファンは推しの反応を探ることになる。

 

『コイツ、私のことを人面として認識しているのか?

それともへのへのもへじくらいにしか見えてないのか?』

 

あの時ああ言ってくれたから覚えているはずだ。

こんだけ連続して最前に入ったんだからさすがに覚えただろう。

久しぶりって言ってくれたから認知してるに違いない。

 

いや、でも、じゃああの時はなんで干したんだろうか。

こんなに良席なのにシカトされた。

あの日の接触は対応が無だった。

 

絶対的な確証を得るまでは、不安と自信をいったりきたりして、まるで情緒不安定な人だ。

あと、ヲタクじゃない友達やお茶の間の友達に話すと「こいつお花畑なんじゃないか」という扱いを受ける。心外だ。いくら使ったと思ってるんだ。

認知されているという推し被りの話を聞いては「死ねっ」って思う、そんな不毛な日々を過ごす。他人と比べてもしかたないっていう理性と、ヲタク同士で格付けしたくなる女の本能で、頭がおかしくなりそうだ。

 

でも待って、そんなに焦がれている認知って本当に必要?

 

気持ちはわかる。認知されているほうが、美味しいことだってある。一瞬だけの接触現場とかはそれが顕著じゃないかな。認知がないと「ありがとうございます〜」っていう貼り付けられた定型の笑顔とコメントで終わる。もっと特別な対応を引き出せたらきっと楽しいと思う。

 

でもさ、いったん冷静になって、よく考えてほしい。

1対1の時はいいけど、1対たくさんのファン達になった時に、めちゃくちゃ不利じゃない?

後回しにされた結果、順番なんて回ってこなくて、干されて終わるとか、よくあるよね?ない?嘘でしょ?

あと、顔バレすると無茶ができなくなる。それはそれでツマラナイ。いや、それは私だけかもしれないけど。なんというか、ガツガツしすぎることが出来なくなっちゃうんだよね。

 

そしてこれが最大のポイントなんですけど、覚えられたらなかなか忘れてもらえない。

一年現場を干したくらいじゃ忘れない。多分、名前は忘れてるだろうけど。一度覚えた顔ってなかなか忘れないものらしい。

何度「はじめまして」からやり直したいと思っただろうか。どっかで頭打って、私の記憶だけ全部ぶっ飛ばしてくれないかなぁ、なんて考えたこともあります。

 

そもそも覚えられた後に待ってるのなんて『オキラにならない』っていうスーパー後ろ向きな目標くらいだ。

干される度に「私、オキラなのかな……」って病む。楽しくない。趣味なのに、めちゃくちゃ病む。

認知されてるヲタクと比べて、私はどれくらい大事にされてるんだろう、とか意味不明なことを考えては、眠れない夜を過ごすんだ。そして翌日、寝坊する。

 

まぁ、何が言いたいかっていうと、覚えられてるかどうか微妙っていうくらいの時期が一番楽しいよね!!

 

ぶろぐはじめてみました

最近ヲタ活どころか人生まで迷子になってきたので、ブログはじめてみました。気分は彷徨える旅人です。いい歳してイタイのは自覚してます。

文章にすることで整理されてスッキリしたりしないかなぁ……。

 

時効のないネタ話を、どこまでお届けしたら各方面に怒られちゃうか、ちょっぴり心配ですけど、暇つぶしに読んでもらえたら嬉しいです。